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音節と拍

 まず,日本語の発音についてみてみましょう。

 言語の音の単位は「音節」です。日本語では,「拍」とも呼ばれているようです。

 一つの音節は,子音と母音の組み合わせによって構成されます。子音だけでは発声できないし,母音しか持たない言語というものは,今のところ発見されていないとのことです。

 さて,日本語を構成する音節(拍)にはどのような特徴があるのでしょうか。

 どうも,日本語の拍の概念は,外国人にとって理解しにくいようです。

だるまさんがころんだ,という遊びがありますね。地方によっては,

ぼんさんがへをこいた,とか

インデアンのまるやき,とか

インドじんのくろんぼ,とか

はなはだ差別的なバリエーションもあるようですが,共通しているのは,どれも10文字で構成されている点。

 そして,この10文字は,日本人にとって「10拍」と認識されています。つまり,かくれんぼなどで10を数えるかわりになっているのですね。

 ところが,この中で,「ん」を一拍と勘定するのが,外国人には理解できないらしい。普通の「音節」の定義によれば,「さん(san)」や「ろん(ron)」は,ひらがなでは2文字だけれども,音声的には1音節です。
 でも日本人は,「だ・る・ま・さ・ん・が…」というふうに,「ん」も一つの音節として勘定します。

 この例には出てきませんが,日本語では,つまる音(促音)「っ」も一拍と数える。これも,外国人には理解不能。

 ところで,「だるまさんがころんだ」に関して,おかしい,遊びの実態を表していない,という指摘があります。
 そして,「ころんだ」は,「転んだ」ではなくて,「コロオンダ」ではないかと。

 コロオンダ 걸어온다 は韓国語で,コッタ걷다(歩く)と,オダ오다

(来る)の複合動詞,コロオダ걸어오다(歩いてくる)の現在形です。

つまり,「だるまさんがころおんだ」は,「ダルマさんが歩いて来る」。

そう解釈すると,鬼が数えている間に,ほかの人たちはそっと鬼のほうへ「歩いてきて」,鬼が振り返るとぴたりと動きを止める,というあの遊びの本質をよく表すようになる。

なるほど,という感じですが,この説には致命的な弱点がある。

だ・る・ま・さ・ん・が・コ・ロ・オ・ン・ダ

とすると,文字数=拍数が11になってしまうのです。だから,私には「コロオンダ説」は支持できません。

 一方,韓国には,これとそっくりの遊びがあり,韓国語版では

 むくげのはながさきました。(木槿の花が咲きました)

という。むくげは,いうまでもなく韓国の国花です(同名の韓国映画が10年ほど前公開されました)。

 韓国語では

         
ム・グン・ファ・コ・チ・ピ・オッ・スム・ニ・ダ

で,これがなんと,見事に10音節になっているのですね。

 韓国語では「グン」も,「オッ」も,「スム」も1音節(ハングルで1文字)と認識されます。

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